サブカテゴリ[SC02 近現代の日本の社員教育文化]
(サブカテ記事№10)
ここまで見てきたように、現代の日本企業の社員教育は、小粒化し、形骸化し、対処療法化し、そして担い手が弱り、哲学までもが失われて来つつあります。そこへ拍車をかけるように、限られた教育予算を奪うかのごとく、「今どき必要な教育」が次々と増えています。
例えば、前述の、コーチング教育
例えば、他にも、コンプライアンス教育。
例えば、他にも、各種ハラスメント防止教育。
例えば、他にも、メンタルヘルスやエンゲージメント向上に関する教育。
そして加速度的な技術革新に伴う、各種スキル教育。DXやAI活用教育なども、その典型です。
もちろん、いずれも、現代社会の要請として必要不可欠なものですし、企業として避けて通れない重要な教育テーマです。
また、これらはしばしば職場単位、即ちファミリースタイルで教育展開されます。職場ごとに、今抱えている問題意識やリスクを踏まえて、実際の上司・部下間で学びを共有する形で、小回りよく、実務に沿って実施されます。
その意味では極めてスマート且つ現代的であり、理にかなった現代教育と言えるでしょう。
しかし、ここで忘れてはならないことがあります。
こうした教育は、言わば時代ごとのアクセントなのです。
強靭でしなやかな帆布を織り上げていくことを社員教育に准えるなら、時代ごとのアクセントは、織り込むべき帆布の模様ではあっても、帆布そのものではないのです。
つまり、コーチングも、コンプライアンスも、ハラスメント防止も、メンタル系教育も、スキル教育も、それ自体は重要であっても、本来の社員教育全体に置き換わるものではないのです。
組織の価値観、判断基準、使命感、そして未来志向を育てる、骨太の教育があってこそ、そうした個別のテーマも生きて来ようものです。
ところが昨今、日本企業の教育現場を見ていると、その順番が逆になりつつあります。
本来の骨格が痩せ細る一方で、時代対応型のアクセント教育ばかりが前面に出てきてしまっているように思えてなりません。
結果として、教育体系全体がパッチワークのように継ぎはぎになり、なんのために人を育てているのかが、解り難くなってきているのです。
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